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むかしむかし、あるところに1900形という電車が2両おりました。

1900形は、これまでの車両と異なる新型駆動装置を採用した画期的な車両で、後に製造された2000形とともに、地下鉄銀座線なる路線で活躍しておりました。

1900形と2000形の違いは運転台の数(1900形…両運転台、2000形…片運転台)ぐらいしかなく、ともに新型車両ということで銀座線の先頭車両に抜擢されます。

1900形は2両とも同一の編成に組み込まれ、日本中の地下鉄マニアから「銀座線で唯一両運転台車が先頭に立つ編成」として注目をあびることになります。

 

しかし、世の中にバリアフリーという概念が浸透し始めると、この1900形は真っ先に運用を外され、新型車両に置き換えられてしまいました。「こいつだけ両運転台車でシルバーシートが設定できない」という理由で。2両だけだったんで「創意工夫」するより潰しちまえという判断だったんでしょう。

 

どうにも少数派っていうのは現場で持て余された挙句環境が変わるとまっさきに淘汰されてしまうよなあ…とナンバーワンにならなくてもオンリーワンなんだから気にするなという趣旨の歌を聞くたびに思うのでした。

好きな都市は?

「あなたが一番好きな都市は?」

 

某サービスの「秘密の質問」設定時に唐突に聞かれた質問である。

こういうものを書くと使用サービスがバレて不都合があるという話もあるが、まあ良い。

 

私は都市が好きだが、どこの都市が好きかと聞かれるとこれが難しい。

例えば人生の半分以上を過ごしてきた横浜。やはり長年住んできただけに愛着は湧くし他人が横浜をけなせば「コノヤロ~」とも思ったりもするので、好きといえば好きなのだろう。しかし一方でオシャレタウンとしてやたら押し出してきたりともすると東名阪と張り合おうとしたりと「お高く止まった」雰囲気が鼻についたりもするので、一番好きかと言われると怪しいものである。

 

それでは他の都市は、というとやはり好きな面、今ひとつな面双方があり(「好きな都市=良い都市」ではないし、正直欠点がある都市もそれはそれで…というのもあるのだが)なかなか諸手を挙げて「この街が好き!」という都市が思い付かない。都市好きを自認していながら好きな都市一つ挙げられないとは我ながら少々ショックである。

 

鉄道だけで発展してくれたり、勝手に病院を建てなかったり、20%の資産税を文句なく納めてくれたり、予算をカットしても「チョークを捨てる!」とか言い出さなかったり、普段は火事を起こさないけどこちらが望むときには派手に燃えてくれるような都市が好き。

今日は私が今住んでいる町で地元のお祭がありまして、こう小洒落た「うんたらフェス」か花火大会みたいなのしかない我が地元からすればなんとも新鮮だったわけですけども、今日の本題はそこではなく。

 

町を挙げたお祭りには子供達も大勢来ておりまして、なかには久方ぶりの出会いに(大方進学先が違ったとかそんなところでしょう)大盛り上がりになっているグループもいたわけです。

私の近くにいたあるグループがまさにそれで、曰く、

A「○○に聞いたよ~彼氏出来たんだって????」

B「え、なんでもう知ってるの…」

C「え!そうなの!ねえ写真あるの?ねえ???」

B「やめてよ…」

A「いつ知り合ったの?どうやって付き合い始めたの?」

B「ちょっと…」

(上記会話はイメージです。一言一句覚えているわけではないです)

 

という具合に色恋話で盛り上がっているんですね(盛り上がっているのは一方だけだが)。

人様のお相手なんぞ見たってそれが自分のものになるわけでもあるまいに*1、なんでそんな鼻息荒く写真を要求するのかと。

 

やっぱり隠すからなんですかね。人間隠されると見たくなるものなんでしょう。

古来より全容が容易にうかがい知れないもの、隠された物に人はロマンを感じ、引き寄せられてきました。

古代エジプトの宝」と言われても「ナイル河かな?」くらいにしか思いませんが「古代エジプトの秘宝」といわれると急に凄そうですし興味が湧いてきますね。昭和時代には秘宝館が各地に作られ、大盛況を呈しました*2

 

世の男たちが言ってしまえばタダの布であるところのパンツやその内側に興奮するのも隠されているからですし、所謂「見せパン」の評判が芳しくなかったり、AVでさっさと女優が脱いでしまう作品は興醒めだという評が立ったりするのも「隠されている」という状態への敬意が足りないせいです。

さらに言えば、隠すだけで人々はそれを注目します。例えば今女性は耳を出していますが、ある日突然みな耳あてをあて隠すようになれば、「人気女子アナ○○、実は福耳!?!?衝撃袋とじ」なんてものが週刊誌にあらわれるのは時間の問題となるでしょう。

 

これは同時に「なぜ人は他人の子供の写真を見たがらないか」という問の答えになり得ます。彼氏彼女の写真と異なり、子供の写真は大抵相手方から積極的に見せてきます。隠されたものへのロマンとか、そんなものは一切ありません。子供の写真を見て欲しい場合、逆に絶対に見せないという姿勢が求められるとは世の中難しい。

彼氏彼女についても、追及を避けたくばおおっぴらに惚気話をすべきなんでしょう。

追求されない代わりに妬みを買い集めそうですが。

 

「なぜ彼氏彼女の写真は積極的に見せびらかさない人が多いのか(妬まれたくないだけだろうか?)」「なぜ子供の写真は隠したがらないのか」…恋の相手は見せたくなく、その相手との恋愛の結果(と言うと語弊あるか)であるところの子供が見せたいというのは不思議なものでこの辺も考えていくと非常に面白いのですが、これはブログで書くより酒での飲みながら誰かと話すほうが良いと考えていますので今度どなたかお付き合いいただければと思います。

 

 

 

 

*1:たまになっちゃったりしますけども

*2:展示物は秘めてるどころかフルオープンでバリバリですが

来世

人生も折り返し地点を過ぎ*1、なんとなく人生こんなものかと思い始めてきた今日このごろ、みなさまいかがお過ごしでしょうか。

ここから人生大転換、劇的ビフォーアフター、なんてチャレンジをする勇気もないとあっては自然思考は来世へと向かうわけです。

が、あらゆるものに霊魂は宿るという考えに基づけば、来世は人間として生を受ける保証はないのであって*2一体何に生まれ変わるかなあと妄想は膨らむ一方です。

 かつて来世について非常に話が盛り上がった時、エウロパを構成する氷分子になりたいという意見があり、その時は悠久の時を静かに過ごせるなんて確かにいいなあという感想を抱いたわけですが、実はこれは重大な示唆点を与えているのかもしれません。

即ち氷分子としてこの世に現れた存在(霊魂)が無数に集まってエウロパというものを構成しているわけで、つまり60兆の細胞で構成された私*3は60兆の何かの生まれ変わりであるわけですね*4

60兆もいれば私の細胞に生まれてよかったなあとかこんな人生?は嫌だ来世は宇宙空間を漂う素粒子となって偉大なる銀河渦動に乗って幾億年かののち、故郷の地上世界に降る*5んだという意見もあるでしょう。

今こうしてこんなことを考えている「私」はこの60兆の勘定に入るのかとかはわかりませんが、私がなんであるかという問は専門外の私には難しすぎるし深入りすると宇宙と交信しだしたり神の声を聞いたりするリスクもあるのであんまり考えないようにしましょう。

何はともあれ、細胞も何かの生まれ変わりと考えれば60兆~の細胞が佳き人生出会ったといえるように今を生きていきたいものだと思えるわけで、来世のことを考えると今世のことまで気遣えるようになるのだというお話でした。 

来来世くらいまでの定期券がほしい。

*1:徒然草第七段より。作者が実は長生きしたなどというのは全く些細な事にすぎない。

*2:この世にあるあらゆる物質、概念その他の総数を考えれば、むしろ可能性は極めて低いといえる。

*3:人間の細胞の数は60兆と学校で習ったけれど、現在実は37兆くらいではないかという研究もあるようで、人類の知識は現在進行形で更新中の模様。

*4:新陳代謝の解釈によってはそれこそ天文学的数字の何かからの生まれ変わりである。

*5:スポール提督の演説より。

保険金で家が建つ…?

前回の更新からあっという間に1週間以上が過ぎ、全くブログを続けるというのは大変なことだなあと実感する次第。

今日は6年以上全く音沙汰がなかった家庭用IIDXが突然PC版と姿を変え登場し、本日のみのアルファ版テストを実施とあってタイムラインの興奮は最高潮に達しておりました。

普段の私のタイムラインは

  • チュウニズム 2割
  • イカ 2割
  • スマホRPGは今これをやってるよ。今のジョブはこれ! 1割
  • #笹松ブログを読んだ 1割
  • beatmania IIDX 1割
  • その他の音ゲーの話題 1割
  • 交通系 1割
  • その他 1割

位な割合なんですけども、今日の午後に限っては

となりまして、ああやはり自分のTwitter交流はIIDXプレーヤーが中心なのだなあと再認識できました。もう鍵盤しか叩きたくない。

 

さて、本日凍土高原氏と笹松しいたけ氏が階段から転落した話を載せており興味深く拝読いたしました。

 

toudo-kougen.hatenablog.com

 

sasamatsu.hatenablog.com

 

こうなると「僕も僕も!」となるのが人情でして…

  • 戸塚駅の階段で落ちていたフリーペーパーで足を滑らせ転落
  • 横浜駅にて「ここより階段 足元注意」の吊り看板を指差し「これってぴったり階段の一段目のところにかかっているんだぜ」とトリビアを披露したところ足元が不注意になり転落

と人生二度ほど階段から落ちております。

なお2回とも凍土高原氏が隣にいたね?どうも彼が隣にいると不幸が振りかかる気がするのですよ。

しかしブログを読み進めるとどうも話の主題は階段から転落したことではなく頭部を強打したことのようです。

上2回の階段落ちは頭部の強打には至りませんでしたが…

 

小学2年生の時、当時の私は腕白小僧でそれはもう周囲の大人がことごとく手を焼くほどでございました。

6月のある雨の日、外に出られない私は友達と教室内鬼ごっこを敢行します。

教室の床は高湿度と高温(クラス全員が教室にこもっているのだ)で滑りやすくなっていましたが、当時の私にそんなリスクは見抜けなかったのです。

はたして、私は足を滑らせ転倒。額を強打し(机の角に激突した模様)大出血に至り教室を1929年10月29日のウォール街に変えてしまったのであります。

 

意識の混濁を起こしていた私は救急搬送され脳外科のお世話になり、都合13針縫われることと相成りました。CTスキャンをし、「異常なし」と判断された私はもはや血でどす黒く変色した自らの服を手に(この時には親が病院に到着し着替えを持ってきてくれていた)家路についたのであった…

 

当時両親は外に行っては怪我をして帰ってくる私を見かねたのか子供向けの保険に加入していたようで「非常に多額の保険金」が支払われたそうです。額に大きな傷をつけてしまった(医師曰く「一生消えない」そうで、これをきいた小学生の私は酷くショックを受けました)私を見て、近所のママさん達は「これでは将来大きくなった時に不良と思われ就職が困難になるのでは」と話し、親は「将来、傷が原因で就職が困難になったらこの保険金を元手に整形手術をしようね」と言い聞かせ私の不安の解消に努めたのです。

それから十数年、頭の傷ではなく出来の方の問題で苦戦はしたもののなんとかかんとか就職戦線を突破し、いち社会人となりました。ここでふと「あの時の保険金、どうなった?」と疑問がよぎります。

両親に尋ねたところ明快に「今の家の購入資金(の一部)にしちった」との回答を頂きましたがここで一つ待っていただきたい。『今の家』を買ったのは私が高校生の時であり、就職はまだ先の話でした(私が通っていたのは一応進学校であり、高卒で就職というのはメインストリームではなかった)。

万一額の傷で就活が難航していたらどうするつもりだったのでしょう…まあ、モデルとか「見てくれ」が重視される職種はハナから諦めておりましたゆえ実害はなかったのでしょうが。

 

就職はよかったけど恋愛戦線は全戦全敗じゃい整形手術して中身を磨くセミナー出るから保険金…マジ…

 

 

 

 

 

日吉にはどんがある。

いまや日本の国民食として親しまれているラーメン。即席麺だけでも国内で年間約55億食も消費されているとんでもない食べ物ですが、今日はそんなラーメンと私の付き合いについて書こうと思う。お前の好みなんぞどうでもよい、とはお思いのことと存じますがしばしお付き合いください。

好きな物について語ると精神の何かに良いことあるって言いますし。決して混乱少女♡そふらんちゃんにボコボコにされ傷心で選曲したヤサイマシ☆ニンニクアブラオオメINFでも更に落ちたからではない。

 

ラーメンとの本格的なお付き合いは実は高三の夏以降とやや遅く、予備校生活を送る中で昼食、夕食にと食べるようになりました。

当時は安くて腹にたまるということで重宝しており、ブタメンやら100円のカップ麺には大変お世話になりました。なぜそんな安いカップ麺を食べていたかというと、食費は全てbeatmania IIDXとかいう筐体に吸い込まれていたからです。300~400円出してお弁当買う代わりに100円で済ませれば2,3クレできる!すごい!

 

さて、カップ麺とビートにまみれた受験生はどうにかこうにか大学というものに滑り込み、学生という肩書を手にしました。

大学周辺の地理なぞまるで頭に入っていない意識の低い学生であった私はお昼は学食で済ませます。

受験生時代を思い出したか数あるメニューから味噌ラーメン(346円)を選んだ私、一口食べるや驚きのあまり椅子から転げ落ちます。

 

『ラーメンとはこんなにうまいものであったか!!!!』

 

なにせブタメンと100円ラーメンを少しでもお腹いっぱい食べようと、いつも規定量以上にお湯を一杯に入れ、しかもお湯を入れてから15分以上は放置してから食べていたのです。

即席麺の類とはいえコシのある麺、脂が浮いて濃厚なスープ、完走した野菜の切れ端なんぞとは比べ物にならない具材の3点コンボで即堕ち一発KOです。私が二次元キャラだったら確実に目にハートが入ってたでしょう。

思えばこの時が好きな食べ物はラーメンです、と答えるようになった瞬間でした。

 

そんなわけで学食のラーメンなしに生きられない体にされた私は卒業後数年が経過してもなお上に書いたように値段を覚えているほどに学食のラーメンを食べまくるようになり、学食のラーメンがいかに素晴らしいかを周りに説いて回っては扱いづらい系に反応をもらったりしてました。

 

しかし、学食のラーメンは食べてもラーメン屋には殆ど足を伸ばしませんでした。大学の先輩に連れて行ってもらったりはしていたと思うのですが、ね。

そんな折、中高以来の友人Aより久しぶりに遊ばないかと誘われまして、その時にラーメンの話になり、「じゃあラーメン屋行くか」ということで連れられたのがタイトルにもある日吉の「どん」です。

どんは二郎インスパイア系なのですが、量はそんな頭おかしいクラスの店ではなく、そこは友人なりの配慮だったのだと思います。

なお、「日吉にはどんがある。」は彼の発言のアレンジバージョンであります。

 

ドンっ。俺の前にラーメンが置かれる。さっそく…ズルズル…。うっ…なんだこの麺の食感ッ!無機質なはずの麺が口の中で弾けるように踊り、弾力も申し分ない。スープも評判通りでとてもうまかった。そんな事を考えながら店で一番人気のあるモヤシを一気食いし、俺は店を出た。

 

まあ、学食ショックの興奮も冷めやらぬうちに第2の衝撃が訪れたわけです。

それ以降、大学の最寄りでもないのにどんにはちょくちょく通うようになり、最盛期には60日間で15回チェックイン(4sqの記録による)していたようです。

これと相前後して一風堂にもドはまりし別の友人と一風堂で4時間くだを巻き替え玉を繰り返し、モヤシのツボを5回以上交換させたところでいいかげんにしろと店員に追い出されたりとラーメンの世界にどんどんはまっていきました。

 

さて、ラーメン好きが高じてくると耳に入ってくるのが「ラーメン二郎」という存在。

自分も興味はありましたが調べると出てくるのはマッターホルンの如きヤサイ、謎の二郎コピペ、二郎を食べたら入院したなる怪情報といったわけで(多分に調べ方が悪い)、ビビリな私はこんな魔界入れません。

そんな私を二郎に導いてくれたのも先述の友人Aでした。過剰に不安がる私に対し(彼にしては珍しく(失礼))真面目にアドバイスをし、食券購入からコール、退店に至るまでレクチャーしてくれました。ありがとう。

かくして二郎を克服した私は暴力的なニンニクとアブラの虜となり、月の食事の大半がどん、二郎、そして一風堂、武道家(これは家系)で占められるようになります。

 

大学卒業後は際限なく増える体重に歯止めをかけるべくラーメンは控えめになりましたが、自販機ラーメンという新たな選択肢も加わり、まだまだラーメンとの付き合いは続きそうです。

 

どんに関して言えば、3時間以内にメンデスフルコンできなかったらこのツイートふぁぼった人にどんを奢りますとか言っときながらいざフルコンできなかったんだから奢れというとひとのアカウントに偽装して「奢ってもらいました!美味しかったです!」とかツイートしてごまかした友人Aのことが忘れられませんね。

 

日吉にはどんがある。来てくれねえかな。

アップデート出来ない

ブログ始めたはいいけどいきなり自分の中で音ゲー緊急特別強化期間に入ってしまって『ブログやってる場合じゃねえ!!!』になってる。一度にいろんなことに手を出せる人は尊敬します。

 

 仕事に趣味に恋愛、頑張るぞー!と意気込んだところで自分の脳みそはマルチタスクをサポートしていないので、処理待ちタスクが列をなし、しかもメモリリークを引き起こすのであっという間に処理落ちしたり、Aに提出する書類を持ってBに行くバグが発生したり、クラッシュ(意味深)してしまったりするわけです。

 

何だこの使えないやつは!と製造元にアップデートについて問い合わせようとも、とっくにサポート期間は終了しているわけで、自分で何とかすることが求められるわけですが、自分磨きなんて簡単にできるような人はそもそもこんなことで悩んでいませんね?悩んでいる間に書店の自己啓発本コーナーに行き、"イノベーション"するでしょう。

 

そうであれば自然処理するタスクを減らす方向のソリューションが出てくるわけです。

 

趣味を仕事にするってのは、そういう観点からすると良い選択肢かもしれません。疑似マルチタスクに対応します。趣味全開じゃ仕事にならないとか、理想と現実の違いとかで悩むとも聞きますがね。

恋愛、これは諦めるしかないでしょう。彼女はいなくても死なないが、仕事が無いと自分か養ってくれる誰かが死ぬ。趣味を切って、仕事と恋愛に限る…「私と仕事、どっちが大事なの!?」ってなる気しかしない(ドラマでしか恋愛を知らない人並みの感想)。

 

だいたい、自分のこともろくに面倒見れない男が、彼女を幸せにできるだろうか(反語表現)。

イロイロ割り切ったものならさておき、幸せにできないくせに人を愛してはなりませぬ。「俺はダメな男だけど、ダメなりに頑張ってんだよ」ってのは小説の中だけにしとけって話です。

 

恋愛を諦めましょうと言ったはいいものの、ここで仕事、趣味、恋愛と並べたところで、この3分類にしても、1秒未満の思考でぱっと浮かんだものに過ぎません。考えれば考えるほど優先すべき事項は増えてゆくのです。しかもそれぞれ下部に膨大なサブカテゴリを抱えている事にも同時に気づきます。

これでは例えどれか一つに絞りこんだとしてもそれすら手に余りますね。詰んだ。

 

言葉が足りないところとか、突っ込みどころとかが多いのだけど、今は仕事も放り出して混乱少女♡そふらんちゃんと真剣に向き合いたいので、今日はこのへんで。気が向いたら加筆修正するかも。